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幕引きと幕開け

2017年7月27日 某コンテストの結果が発表されました。

結果は残念でした。

しかしながら、これで終わったわけではなく
はじまったと思ってもいいと思っています

あまり大きく気を負わないように
心がけてきた1ヵ月半ですが
実際のところ、悔しいです
頭ではわかってはいますが
また来年挑戦したいと思います

写真のことで色んなことがこの1ヶ月であったので
ちょっと色々と整理してから
8月から新規一転したいと思います

少しだけ肩の荷が下りた気がします
ただ悔しさだけは忘れないようにと思います

コンテストで落ちたものが全て悪いものではない
そう思っていますが、実際のところ入選しなかったのが
全ての事実ですので、作品の公開については
たぶん見送ります。自分が今、何をどうしたらいいのか
すぐに答えが見つかっていないからだと思ってます

また狭き門に挑んだということだけが残り
この "狭き門" というものは様々な方に云われ続けました
僕の作風、考え方、技術
僕自身のすべてに関わることです
その気でいるならば、覚悟はしろと
そう云われ続けてきた反面
応援もしていただいてましたが
ただ事実は変わらないので このくらいにしておきます

今後は展示の機会は減りますが
その代わり、違うフィールドで挑みたいとそう思っています
時間は、限りなく少ないと思っています

それでは また。

ムラセ マナブ








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ムラセマナブ個展2015 『フィリアは渇いた中で』概要

ムラセマナブ個展2015
『フィリアは渇いた中で』
デザインフェスタギャラリー原宿EAST302
12月18日~23日まで



明日から、ようやくはじまります。

今回は "孤独の中の希望" がテーマです

孤独ってマイナス的な言葉かもしれないけど
それってイメージなだけで
孤独の先には希望があると思う

一人でも行動できることはたくさんある
「思う」だけでなく
動こうという意志があれば
人は動けるのだと思います

そして、その行動がまた
誰かを動かすことになる
そういった循環的な日常でありたい

しかしながら、人は動くことを少しためらったりする
言い訳をしたり、どこかに考えを置いていったりと
そんな人が大半ではないかとも思う

そんなくすぶった世界観を描いていたりもしてます

僕にとっての行動とは「展示」をすること
それを通して、見てくださる方々の後押しができたらと
そんな一部でありたい。そんなことは常々述べている

内向的も悪くない
でも、それだけでは
何も変われないと思う

動くことに意味があって、人に触れることが
自分のためにも、誰かのためにもなったりする
孤独は孤独でも、その先に必ず希望は見える
僕はこのことを今作制作中の間に感じたことはいくつもある
孤独というのは実際に僕が感じた孤独の感覚ですが
それがあったからこそ、その先にいこうと思えた
曖昧ではありますが、そんな実体験から
この個展は、はじまっています。

孤独であろうと、人がこの世にいる限りは
希望は存在する
そんなことを証明したいというと大きいですが
それが理解できる人になりたい
また、そんな人々で溢れてほしい

そんな願いを込めた今作「フィリアは渇いた中で」

もちろん、そんなテーマと同時に感覚的に
見ていただければ、僕はそれでいいと思います
来ていただけることが一つの行動であり
新しい扉の鍵かもしれない

僕が「展示」を開くことで
わずかでも思考が潤ったり
何か、行動にうつせるエネルギーに
なっていただければ幸いです

概要はあってないようなもの。

是非、来場して作品を直で見ていただけるように
願っています。

展示会場では作品まとめた作品集を販売。
いつものようにKGサイズでの写真販売もあります
また、今回記念としてバッチも1種類だけあります



展示作品だけでなくポートフォリオも充実しています
あちこちに感覚的に楽しめる要素を詰め込んでます
ご来場をお待ちしています。

ムラセマナブ





展示《 私が見たい感覚 》あとがき

2015.2.23~3.1
ムラセマナブ展示《 私が見たい感覚 》
見に来てくださった方々、ギャラリースタッフの方々
ありがとうございました

終わってみれば、今回の展示は多くの方が
ムラセマナブという展示の見方が
定着してきた感覚でした

作品の見せ方、見え方の流れ、など
展示の中で対話ができた気がしています
僕自身が解説することなく
多くの方に様々な見え方が生まれました

僕自身こうした展示を願っていたからこそ
嬉しく思います
作品や展示の意図はあるが
それが全てではない
 
その先の第三者の感覚が生まれ
新しい感覚がまた動き出すこと
そういった繋がりの一部でありたいと日々思っています

世の中には たくさんの感覚があって

それを一つにまとめることは非常に難しいと思うのです
それでも 人が人に伝えることによって
また次の行動や連動が生まれる
世の中ってそういう仕組みだと思うのです
ネット上で繋がるのではなく
実際の作品や展示会場にきて
そこから持ち帰るものというのは
人がいるからできること
人と人の対話が人と人の声で繋がる
それがまた形になる

展示の中で一区切りの感覚を通して
僕もまた見てくださった方々からの感覚を
受け取り次回の展示の構成に活かしたいです

作品のアプローチも実験的でもありましたが
完成形の一つでもある
それは展示を行う上では
絶対的に確立しなければいけない要素です

ある意味では作品の完成度よりも
今回は展示内自体のシステムの確認だった
そんな印象です
(勿論、作品一つ一つも完成はさせています)

ただ、あくまでも次回開催予定の
イデアシリーズ個展『フィリアは渇いた中で』の
一つの過程的な展示だったことは明らかにいたします

より高い精度の作品、また展示システム
様々な角度から見ても、楽しめる
そんな展示を今後も行いたいと思います

またいつか展示がある際は

見に来られなかった人も
見に来て また見たいと思った方も
お待ちしています

次回の展示の規模はまた過去最大という
一つのキーワードを基に
進化したものをお見せしたいと思います

それではまた

ムラセマナブ

以下にギャラリースタッフ様が
書いてくださったブログがございます
どうぞ ご覧下さい
レビュー《私が見たい感覚》ブログ

※タイトルが《私の~》となっていますが
ムラセのちょっとしたミスにより そうなっています
申し上げございません























































































【写真を販売すること】


2013年から写真を販売するという名目でも
展示を兼ねて活動しています
2013年以降の作品についてはポストカード化はしていません

基本的にハガキサイズ1枚300円という価格で販売しております
(この価格は僕個人の価値観です)
またこの価格に関しては僕自身がこのサイズで買える限度だと
認識しています(自分の作品に対しての経験や立場を含めた考えです)
サイズに関しても気軽に飾れることを中心としています

まず どうして写真なのか
ポストカードではなく生プリントとしてみてほしいという願望です
どうしても印刷上 色味が欠けてくる部分あり
僕個人としての見解をさせていただきます

写真という複製作品でできるからこそだと思っています
(またサイズも自由に変えられる点)
また音楽市場と照らし合わせたとき
CD販売と同じ感覚で写真を買っていただきたいということです

また気軽に買って自宅に飾ったり友人にプレゼントしたりと
インテリア的な感覚で写真を楽しんでもらいたいと思います

アート業界ではよくエディションプリント(最初から枚数を決められた限定プリント制度)が
よく採用されているのは見られますが
僕個人としては、僕自身が全般的にアートをやりたいという概念ではないため
希少性という位置にしたくないことです
まずはたくさんの人に
生プリントとして見ていただきたいという思いです

そして、日本の作品に対する購買意欲に対しての向上も視野にいれています
日本は海外に比べ作品を買うという意欲が低い気がします
(安易に語れば日本は多様エンターテイメントのためかと僕は思いますが)
そこを底上げしようという目的ではありませんが
わずかでもその活性化に繋がればとも思っています

ある海国では写真がたくさん並べられた雑貨屋も存在しており
僕はそのお店の存在を知ったとき
僕の展示もそんな場所でありたいと思いました
展示されている写真を見て買うのではなく
いつでも 作品を見れてすぐに買えるという楽しみの一つかと思います

様々な実験的展示も含め、今後も写真を楽しむ方法を
これからも模索していこうと思っています

その一つが写真を買うということです


ムラセマナブWEB

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